Apr 01, 2009
エコハウスで自然エネルギーを活用しよう
エコハウスは、地域の気候風土や敷地条件、住まい方に応じて、自然エネルギーを最大限に活用することや、環境に負担をかけない方法で作られることなどが基本です。今後の地球環境を守るために大切なことです。断熱や蓄熱、プライバシーおよび換気、日射導入と日射遮蔽などの住まいの基本性能を確保したのに必要なエネルギーは自然エネルギーを最大限に活用できるだけ化石燃料に頼らない生活ができるようにしていかなければなりません。太陽光や風、水、温度差などをうまく活用技術の研究が重要です。工夫次第で、現在住んでいる家も夏は涼しく冬は暖かいエコハウスの作成は可能です。我が家には中途半端な隙間があります。開いておくのはもったいないですが、なかなかそこの寸法にあった家具を見つけることができません。その注文の家具を購入みようか検討中。細かいことがたくさん収納できるように棚をたくさん作りたいと思います。日曜大工が自分なら自分で作ってもいいんでしょうがどうせなら、注文家具で素敵な家具を置きたいと思う。
投打に持ち味を発揮して糸満(沖縄)を降し、甲子園初勝利を果たした英明ナインは、試合から一夜明けた10日、神戸市中央区の宿舎で新聞を広げるなどして勝利の余韻をかみ締めた。
「英明 1年の長」「『強気』に成長 完投」。10日付の新聞には、英明の勝利を伝える見出しが踊った。
「こうして見ると勝った実感がわきますね」と田中玲選手(3年)が話すと、九回にだめ押しの適時打を放った田野育邦選手(同)は「友人が電話で祝福してくれて、素直にうれしたかった」と笑顔を見せた。
ナインはこの日、兵庫県西宮市の大阪ガス野球部グラウンドで午前中約2時間、打撃練習と筋力トレーニングを行うなど軽めの調整に取り組んだ。練習後、井口文登主将(同)は「『甲子園一勝』の夢は果たせたが、1日でも長く仲間と野球がしたい。一戦必勝で次戦に臨みたい」と意気込んだ。【鈴木理之】
8月11日朝刊
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第63回毎日書道展四国展(毎日新聞社、財団法人毎日書道会主催、愛媛県・県教委、松山市・同市教委後援)が10日、松山市堀之内の県美術館南館で開幕。この日は開展式や揮毫(きごう)会などがあった。当代一流の書家らの作品約900点が勢ぞろいした同展は、14日まで。
開展式は、同館1階ロビーであった。上甲啓二・愛媛県知事補佐官が「四国展は、質の高い作品が間近で見られる絶好の機会」との中村時広同県知事の祝辞を代読。関係者らがテープカットし、開幕を祝った。
その後、毎日書道展役員4人による揮毫会があった。
高川艶子さん(漢字、綾川町)が漢詩▽内田順子さん(漢字、愛媛県松前町)が漢詩▽岡本蔦江さん(かな、愛媛県伊予市)が古今和歌集▽川村美泉さん(大字書、高知県香美市)が「遠」−−をダイナミックに書いた。
来場者は4人が全身使って大きな紙に力強く書き込む姿に見入り、拍手を送っていた。
11日は午前10時から墨製造業者による墨作り実演がある。【村田拓也】
◇ ◇
一方、松山市内のホテルでレセプションが開かれ、書家が寄贈した色紙が、出席者に抽選で贈られた。色紙の寄贈者は次の通り(順不同、敬称略)。
【漢字】小森秀雲▽井上春卯▽笠原康伸▽木下彰司▽友近吾邑▽濱田尚川▽藤岡抱玉▽松下琴舟▽森田華舟▽吉田青雲【近代詩文書】玉城乾香▽藤田紅子【大字書】白形重男▽大野祥雲▽本多高陽▽三浦白鴎【前衛書】鎌田恵山▽東原吐雲【篆刻(てんこく)】小西斗虹
8月11日朝刊
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◇原発も原爆も、ヒバクは同じ 目標決め、脱原発を−−中島宏さん(83)
「原発も原爆も、ヒバクということでは同じ」。長く県内の被爆者団体で平和運動を続け、証言集の編さんにも加わった高松市兵庫町の会社役員、中島宏さん(83)は力を込めた。核兵器、原発を問わず、被爆者を生まないよう努めるべきとの思いが強まっている。「ノーモア広島・長崎ではなく、ノーモアヒバクシャではなかったか」
66年前の8月6日朝、17歳だった中島さんは学徒動員が解かれ、広島市の自宅にいた。弟と縁側に向かい合って座り、言葉を交わしていた時。突然目の前で、フラッシュが一斉にたかれたように光った。
爆心地から約1・7キロ。猛烈な爆風にたたきのめされ、崩れた家の下敷きになった。ガラス、小石、金属の破片。体中100カ所にも食い込み、がれきからはい出した2人は血だらけだった。同じく家の中にいた父母は助かったが、庭で洗濯物を干していた祖母は即死だった。爆心地から500メートルの女学校にいた姉は遺体も見つからず、遺品の時計だけがはっきりと残った。
「一番悲惨だった記憶は、手の皮膚がつるりとむけてぶら下がった、隣の10歳くらいの女の子」。火の手があちこちで上がるなか、連れて逃げ惑った。女の子は後に治療所で、目を開けたまま亡くなった。
被爆後10年間は、白血球の数が正常値の半分ほどしかなく、風邪をひくと治るのに半年もかかった。さらに15年後。足の一部が膨れ出した。触ったら、硬くて痛い。病院で切ってもらうと、ガラスの破片が二つ出てきた。被爆の影響かはっきりしないが、現在も脊椎(せきつい)に腫瘍(しゅよう)がある。
「核兵器を絶対に許すことはできない」。県内に被爆者団体が設立された1960年ごろから加わり、平和運動を続けてきた。85年には国際遊説団の一員として、イギリスでも証言。しかし原子力の平和利用については、県内の団体でも賛否が分かれ、分裂を避けるため議論は置いてきた。
そして地震大国の日本で起きた、福島第1原発事故。「人間のすること、『絶対安全』はない」と痛感させられた。放射線被害に長く苦しむ被爆者の声に真摯(しんし)に耳を傾けてきたら、こんな事態は起きなかったのではないか。見えない放射能におびえる子どもたちの姿に、憤りが募った。
中島さんは大震災後、核兵器だけでなく、原発もなくすことが、人類の責任と考えるようになった。「国民的議論を経て、数十年の目標を決め、最終的に脱原発を遂げてほしい」。被爆の影響に、生涯不安を抱き続けてきたからこそ。次の世代に向けて、言い切った。
8月11日朝刊
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