Mar 05, 2011

エコハウスで自然エネルギーを活用しよう

エコハウスは、地域の気候風土や敷地条件、住まい方に応じて、自然エネルギーを最大限に活用することや、環境に負担をかけない方法で作られることなどが基本です。今後の地球環境を守るために大切なことです。断熱や蓄熱、プライバシーおよび換気、日射導入と日射遮蔽などの住まいの基本性能を確保したのに必要なエネルギーは自然エネルギーを最大限に活用できるだけ化石燃料に頼らない生活ができるようにしていかなければなりません。太陽光や風、水、温度差などをうまく活用技術の研究が重要です。工夫次第で、現在住んでいる家も夏は涼しく冬は暖かいエコハウスの作成は可能です。
注文の家具をそろえるとかなりの出費にもなる。それでも今までのものに合わせようとすると、注文の家具でなければならないというものもある。したがって、最初の世帯がどのようなもので決まってしまうので、買い始めが重要である。ほとんどの家具は、簡単に買い替えることができることはないので、注文の家具長く使用するのはいいかもしれない。
 大阪府枚方市長選は28日投開票され、現職の竹内脩(たけうちおさむ)さん(62)(無所属)が、前市長の中司宏(なかつかひろし)さん(55)(同)ら4人を破り、再選を果たした。

 中司さんは談合事件で有罪判決を受け、無罪を主張して上告中。刑事被告人の立場での異例の挑戦だったが、市民は中司さんに「ノー」の判断を下した。投票率は36・13%(前回33・16%)。

 竹内さんは事務所で「有権者が常識的な判断をしてくれた。清潔で公正な市政を進めたい」と語った。学校環境の充実など4年間の実績を訴えたほか、地元選出の平野博文・元官房長官ら民主党関係者の応援を受け、中司さんの追撃をかわした。

 一方、中司さんは「私の不徳の致すところ。ただ選挙戦を通じて市政に一石を投じることはできた」と述べ、支持者に頭を下げた。

 中司さんは市長4選直後の2007年7月、競売入札妨害容疑で大阪地検特捜部に逮捕され、同9月に辞職。09年に大阪地裁で懲役1年6月、執行猶予3年の判決を受けた。昨年、控訴が棄却されたが「事実誤認の冤罪(えんざい)」と上告した。選挙戦でも「私には一点の曇りもない」と冤罪をアピール。自民、みんな両党の支部推薦などを受けたが、支持は広がらなかった。

 当54,246竹内  脩無現

  42,649中司  宏無元

   9,056三和 智之共新

   8,937大田 幸世無新

   1,306円若 正彦無新

 鴇田通代さん 95歳(ときた・みちよ=鴇田勝彦TOKAIホールディングス社長の母)26日死去。告別式は未定。自宅はさいたま市浦和区神明1の7の7。喪主は長男、勝彦氏。

 東日本大震災で漁港などが壊滅的被害を受けた宮城県気仙沼市が、復興の歩みや住民の意気込みをインターネットで世界に発信しようと8月上旬、米国発のSNS「フェイスブック」上に特設ページを開設した。プロジェクトには、気仙沼に縁が深い東京のITエンジニアや、米有名雑誌の元編集者、翻訳家らが参加。地元紙の記事を英訳して伝え、市内の活気を伝える写真を掲載するなど、気仙沼の国際化と“未来の創造”に貢献している。(産経デジタル 野間健利)

 気仙沼市出身で、現在は東京都内で暮らす日本マイクロソフトのエンジニア、齋藤玲紀さんは、東日本大震災で親戚を失い、高校のサッカー部の同級生も津波にのまれて帰らぬ人となった。故郷を訪れたのは震災から3週間後。目の前に広がったのは、がれきが散乱する変わり果てた街の姿だった。小雪がちらつく中、齋藤さんは被害の大きかった地域をまわり、カメラのシャッターを切り続けた。

 東京に戻った後、インターネットを中心に気仙沼の現状を訴える活動をしていた齋藤さんに、気仙沼市から連絡が入った。「復興市民委員会に参加してほしい」。すぐに快諾した。

 6月21日、気仙沼市役所で行われた第1回「気仙沼市震災復興市民委員会」に出席し、熱気ある議論の中で、復興の現状を世界に向け発信できないか―と考えた。復興会議にも志を同じくするメンバー達がいた。気仙沼の復興を支援するプロジェクト「The Great Challenge」の幕開けだった。

 プロデューサーの任に就いた齋藤さんが、活動を伝える舞台に選択したのは、世界で5億人が利用するソーシャルネットワークサービス「フェイスブック」。そこでは、わずかな例外をのぞき、英語で情報発信することを決断した。震災で打ちひしがれた気仙沼に“未来”を創造するためには、国際的な知名度を高めるべきだと考えたからだ。

 特設ページの名称は、未来への希望を込めて「KESENNUMA−BUILDING FOR THE FUTURE」とした。気仙沼市周辺で発行される地元紙「三陸新報」からは、記事を英訳して掲載する許諾を得ることができた。8月8日にオープンした特設ページは、すでに世界各国から500人を超える読者を獲得している。

 国際的な水準を満たす内容にするには相応のクオリティーが要求される。特設ページの編集は、米ナショナルジオグラフィック誌で25年間編集者を務めたディビッド・ロビンソンさんに委ねた。ロビンソンさんの妻が気仙沼市出身の縁で、快く編集長就任に応じてくれた。

 三陸新報のニュース記事を英訳するのは、海外のミステリ小説などの翻訳を手がける熊谷千寿(ちとし)さん達だ。熊谷さんの同業者への呼びかけで、さらに翻訳メンバーが増えている。日本マイクロソフト社内でも、ドイツ人の社員が市長のあいさつの独訳を申し出るなど協力が相次いだ。齋藤さんでもプロフェッショナルな面々が無償で参加を表明したのには驚いたという。

 海外のユーザーを中心に展開していく上で、課題も浮上した。伝統的にサメ漁を行っている気仙沼市に対し、過剰な反応を示す自然保護団体があることだ。実際、津波を「神の怒り」と揶揄した環境保護団体「シー・シェパード」のポールワトソン代表のように、海外のサメ漁反対派からも、今回の震災に対して心ない発言があったという。

 「反対派の間では、サメを一切れだけ食用に用いて、後は捨てるという誤解が広まっているようだ。実際は、サメの身から軟骨、皮まで有難く活用している。市民の多くが何らかの形で漁に関わっており、生活の一部となっていることを理解してもらえれば」と齋藤さんは前向きに語る。

 震災から5ヶ月が経ち、気仙沼市のがれきは徐々に減ってきたが、失業問題や地域の復旧格差など新たな問題が山積している。しかし「気仙沼の未来を見据えている」と明るく語る齋藤さんは、いつか「KESENNUMA−BUILDING FOR THE FUTURE」が、復興の壮大なストーリーを紡いだ記録集となることを信じている。

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